学生のころのスケッチブック見返したら、パフォーマンス、映像、ガジェット、ウェブなど、いろんな分野の構成図やスケッチが書き殴られてて、とにかく作りたい!!という気持ちが溢れていた。おいおいそれらを仕事にできるようになって本当によかったなと思った。
もしも、ものをつくることを生業にしていなかったら、鑑賞者でい続けている自分に我慢ならなくてめちゃくちゃ卑屈になっていた気がする。拙くてもくだらなくてもクオリティが低くても、とにかく何かをつくることはやめなくてよかった。
さて、昨日はロケハンで、番組のディレクターさんに自分の展示を案内したわけですけども
自分の作品の意図をうまく説明できなかったのと、なんとなく自信をもって紹介できなかったのと、他の大ベテランの方々の作品に持ってかれたなーっていう感覚で、大変悔しかった。よく考えたら一回り年齢も違うし、仕方ないけど。それでも負けたくなかった。
独立してから会う人の数が相当絞られていると思うんだが、
最近はなんだか時代のトップを走っているような人とご縁ができたりたまたま会えることが多くて、それ自体はもちろん悪いことじゃないんだけども
やはり比べてしまうし、競合として意識しないといけない場面もある。
取材やらトークやらで自分のコメントを求められることも多いけど、そもそも私は何か伝えたいものを持っているだろうか、と思うこともある。
そんな時に、きっと自分の原点を見つめ直したいな、なんで私はものを作り始めたんだっけ?と思ってこの日記を読んだんだと思う。
この日記を書き始めた時期は、ものを生み出せることの楽しさと、目指すゴールに対しての自分の不甲斐なさを両方食らって、なかなか満身創痍で楽しい日々を過ごしていた。
最近は、どちらかといえばプロとしてちゃんとやるぜ!!という気持ちが強かったかもしれない。お金を動かしている以上、絶対に失敗したらいけない場面が多かった。ちゃんとクリアするべきクオリティはクリアして、仕留めるべき獲物は仕留めましょう、という感じでやってた。
調整ごとがめちゃくちゃ多くて気苦労はしてたけど、傷付くことは減っていたなと思う。
昨日は、久しぶりに学生の頃みたいに傷ついたな。。なんだか懐かしかった
でも、いきなりクオリティの高いものが作れるわけじゃないし、どうしても最初はボロボロのものになるし悔しいことしかないが、その恥を楽しむつもりで精進するしかないんだなと思った。
頑張っても不完全燃焼になることもあるけど、これからも精進していこうと思った。昔の日記に自分で励まされた。
くるりのこのMV見て、時代の共時性のようなものを感じた。
もちろん過去にヒットもたくさん飛ばしているバンドだけれども
この年齢に、この時代の空気感だからこそ生まれた楽曲とヴィデオだと思う。
一人の作家が、時代や年季に合わせて、その時にしかできないものを生み続けることができるんだっていうことが純粋に嬉しいなと思った。希望を感じる。
息長く、様々な作品を生み出しているアーティストを見ると嬉しくなる。
独立してからは特に身にあまるようなチャンスをいただけることが増えて、
期待をかけてもらったからには全力で打ち返すスタンスでやっていたが
プロとしてやる、期待に120%答える、しっかりとしたパフォーマンスを見せて満足させる、というやり方以外に
ただ自分が楽しいから、ワクワクするから、見たことがないもの、可能性を見たいから
という気持ちで突っ走るやり方もあったな、と思い出しておこう。
私の卒論に対しての草原先生のコメントを発掘した
「市原さんの論文は、単にこういう作品を作ってみました、ではなく、どのようなコンセプトから作ったか、そのコンセプトは今までのメディア論やアートの中でどのように展開され、かつ、不足だったか、という理論的な部分を重視しているところが重要です。早稲田の、というか文学学術院の伝統だと、モノを作る=理論不在、のように見られがちだと感じています。文化構想学部第一期生の論文で、モノを作る=ものを考える、というスタンスの論文が出せることは重要なんですよ。」
とのこと。
最近大学生のころについて取材を受ける機会があり色々思い出した。
自分の作品について自分で論文を書くというのはなかなか無茶なことをした気がするけど、無茶してやってよかった。
落合さんに、「えっちゃんは工学系ともちょっと違うし、かと言って美術系に閉じこもってる連中とも違うし、人文学系のバックグラウンドを持った独特な立ち位置だと思う」と言われて、なるほどと思ったが
思考の手段として作品をつくって世の中に提示する、というアプローチは結構珍しいのかもしれないと思った。
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