2018年6月3日日曜日

カルチャーへの恩返し

今日は久しぶりに代官山に行った。代官山UNITを中心としたあのへんのカルチャー感が懐かしくなり、、、

思えば大学の4年間で体験したカルチャーが一番濃く感じる。
大学卒業間際〜社会人になってからは自分の興味分野や活動分野もある程度絞り込めてきたんだけど、特に大学2年ぐらいまでは分野問わずいろんなものを観まくって吸収してたし、上京したての洗礼でめちゃくちゃインパクトが大きく感じ、何これ!?の連続だった。
学生演劇もプロの現代演劇も観て、下北沢っぽいロックからノイズまでいろんなライブも観て、現代美術を中心に色んな展覧会も観て、写真も、デザインも、雑多にかじっていた。早稲田松竹で渋めの映画もたくさん観た、ミニシアターもいった。時間が有り余っていたせいもあるけれど
当時のカルチャーへの猛烈な憧れの気持ちで今も生きながらえている感がある。
ゼロ年代終盤のカルチャーシーンが一番強烈に脳裏にこびりついている。今はどちらかといえば自分がプレイヤーとして頑張る立場になったので、素直に楽しめない気がするが、当時はピュアに鑑賞者だったので、、、

それにしてもここ10年ぐらいでメディアアートやテクノロジーアートがかなり市民権を得た感がある。2009年ぐらいは「え?何それ?」感が強かったもんなー


引っ越してからはしばらくダルダルしておりましたが、ここに来ていい感じにやる気と活気がブーストされてきております。これから怒涛のように色んなリリースが出るのでビビる
同居人は中国旅行中、久々に一人暮らしの感覚を思い出し、昔の記憶が蘇る。
明日は本当に願ってもないイベントがあり、2010年ごろの自分が聞いたらマジぶっ飛ぶか泣いて喜ぶだろうと思われる。
このブログ開設してから8年ぐらい?開設当時の自分に対してお祝いになりそうな報告がたくさんある、お前あれから割と頑張ってるで。

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近道なんて求めないで、行動や試行錯誤を地道に積み重ねながら、努力の総量を重ねながら、確実に実力をつけるべきだったのだった。
へなちょこの自分の「筋力」ときたら本当に見せられたもんじゃない。誰かに認められようが何だろうが、結局自分は良くも悪くもどうしようもないぐらいに「自分」。自分が自分の足で、前進しよう精進しようとしなければ意味がないのだ。

頭をひねってちゃんと日々生きているか。
何かを生み出しているか。
夢中になるあまり、逆に思考停止していないか。
進化しているか。

ちゃんと毎日確認しながら生きて行こうと思った。
誰かが拾ってくれる時に、実力がないのでは結局意味がない。
だめさと向き合い、痛感し、前進しようとあがいていけば
それはいつか急激に成長速度を増す。そのことをかつて実感したはず。
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という、2010年ごろに肝に銘じたことが実を結んできた気がする。

最近は、昔から自分が好きだったりファンだったりした方々に、直接「憧れを与えてくれてありがとう」という感謝を伝えられるようになってきて、とても感慨深いです。
彼らもなんだかんだで悩みながら創作を続けてきて、それは自分と意外と似ている側面もあったりすることがわかった。
自分が憧れを感じてがんばれたのと同様に、「あなたの作品のおかげでここまでこれました」と伝えることで恩返しができることは素晴らしいなと思う。
気付けばまわりに好きな人や好きなものしかない。毎日メールをさばきながら、ふと不思議に思います。

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